Jan 21, 2009
永久脱毛の友達の感想
以前友達と永久脱毛について話していました。友人は既に永久脱毛をして、ムダ毛のない快適な生活を送っています。友人は、体毛の濃度の長年の悩みそうです。就職をきっかけに、永久脱毛を決心したそうです。永久脱毛は決して安いものではないが、また、ムダ毛に悩まされることが無くなったことをとても喜ばれました。ムダ毛処理はかなり面倒なことですが、それに適当に、お座なりになってしまっていても何も作っていない非生産的な作業になってしまいます。やはりレーザー脱毛確実に、適切に除毛してムダ毛処理は完璧にしたいですね。レーザー脱毛を利用すれば何の心配も必要なく、完璧確実なムダ毛処理できます。
絶滅の危機にあるベッコウトンボの保護をテーマに「第22回全国トンボ市民サミット薩摩川内大会」が14、15日、ベッコウトンボの生息地である薩摩川内市祁答院町の藺牟田池周辺で開かれた。15日のパネルディスカッションでは、ベッコウトンボの全国の現状や、保護に向けた課題などが話し合われた。【宝満志郎】
ベッコウトンボは体長約5センチで、環境省レッドデータブックで絶滅危惧1類に指定されている。藺牟田池は、ベッコウトンボをはぐくむ貴重な湿地としてラムサール条約に登録された。ベッコウトンボは年々減少し、大会に参加した日本蜻蛉(とんぼ)学会の松木和雄会長によると、2けた以上の個体数が10年以上、継続的に確認できる安定産地は、昨年の調査では藺牟田池を含め全国6カ所にとどまるという。
川内大会は14日、藺牟田池周辺で観察会などが開かれ、15日は湖畔リゾートホテルいむたを会場に、祁答院中学校生徒による藺牟田池の環境学習の取り組みなども発表された。
パネルディスカッションでは鹿児島昆虫同好会の江平憲治幹事が、県内でも生息地が年々減り、最近確認されているのは薩摩川内市や南さつま市など数カ所にとどまると報告。池などの水質や水位の維持▽幼虫、成虫を捕食する外来魚の駆除を進めるべきだ、と訴えた。また、松木会長も「藺牟田でも増殖を行う必要がある」と提案し、「環境を守る人こそ大事」と人材育成の大切さを強調した。
大会終了後、実行委員長で地元保護団体「ベッコウトンボを保護する会」の永野萌子・代表世話人は「保護活動を次世代に引き継ぐことの重要性を改めて痛感した」などと話した。
今大会は両日で延べ約500人が参加。来年は同じくベッコウトンボの生息地・桶ケ谷沼のある静岡県磐田市で開催される予定。
5月16日朝刊
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◇被害・市川修一さんの同級生ら
日置市の吹上浜から78年、北朝鮮に拉致された市川修一さん(当時23歳)と増元るみ子さん(同24歳)の同級生らでつくる「支援する会鹿児島」のメンバーが15日、鹿屋市輝北町を訪れ、修一さんの母で08年に他界したトミさんの墓前に、1週間遅れの「母の日」の花束を届けた。今年は拉致解決を訴える「国民大集会」と母の日が重なり、この日になった。
訪れたのは花牟礼薫代表(56)ら3人。実家に住む修一さんの兄健一さん(66)らと近くの墓地を訪ね、カーネーション、バラ、ユリなどをまとめた花束を捧げ、修一さんらの救出を誓った。
弟の帰りを待つ健一さんは「いい報告ができずにごめん」と、トミさんに語りかけたという。進展がない拉致問題に「政治が動かないと解決しない。政府は本気で被害者全員を救出して」と語り、歯がゆさと悔しさをにじませた。
「修一が帰ってくるまで死ねない」が口癖だったトミさんは08年11月、願いかなわず91歳で死去。96歳の父平(たいら)さんは現在、実家近くの高齢者施設で暮らしている。同会はこの日、姶良市の増元さんの実家も訪ね、母信子さん(83)に花束を贈った。【新開良一】
5月16日朝刊
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誰でも自分の居場所がほしいものだ。見知らぬ土地で不安を抱える身なら、なおのことだろう。
東日本大震災で、県内に避難してきた人たちが語り合う集い「宮崎ふれあいの居場所」が7日、宮崎市中央公民館で開かれた。NPO法人「みんなのくらしターミナル」など4団体が企画した。
事務局の川島亜紀子さん(40)も、岩手県からの避難者だ。しばらくは「逃げてきてしまった」という罪悪感に悩んだという。その話を聞いたターミナルの初鹿野聡代表理事(49)は「あなたがここにいることに意味がある。あなたとつながりができたから、私たちにもできることが生まれる」と声をかけた。
そして「被災者が不安と情報を共有するために」と、集い開催が決まった。実情を知る川島さんが準備の中心になった。
集いは4家族9人が参加した。福島第1原発に近い福島県浪江町の男性は、宮崎が7カ所目の避難地。「みんな親切にしてくれる。よかった」と穏やかに話した。
「こういう会があると知り、涙が出るほどうれしかった」。千葉市から小学1年の長男と避難してきた古田裕美さん(42)は語った。原発事故による放射線の影響が、子供に及ぶのを恐れての避難。宮崎では安心して生活できるが「被災地を離れたくても離れられない人もいる。友人に、自分の避難をどう伝えたらいいのか」と悩んでいた。
しかし、集いに参加して「気持ちが劇的に変わった」という。「同じ思いを抱えた人や支援してくれる人とつながることができ、救われた」と。そればかりでなく「もっと深刻な状況で支援を必要とする人たちがいるはず」と、自分も集いの活動を手伝うと決めた。
参加した人たちが、自らの居場所を見つけている。私にはそう思えた。
次回の集いは6月12日、同じ中央公民館で。問い合わせはターミナル0985・88・1057。<宮崎支局長・池田亨>
5月16日朝刊
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